(年金研究会と立場を同じくするコラム、国際新聞)[イ・サンイ・コラム]福祉の「必要原則」とポピュリズム(掲載:2026.10.15)
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(年金研究会は
進歩陣営のイ・サンイ教授の
コラムの内容に共感する。
ヨーロッパでは
すでに旧左派は消えたという。
韓国で進歩を自称する集団の
主張の相当部分が、
すなわち「韓国社会で
私たちが通常接する左派は
ヨーロッパではすでに消滅した
旧左派の主張」だという。
韓国でも新左派の
声が大きくなってこそ、
まともな福祉論争が可能になるだろう。)
福祉における「必要」とは、個人の単なる欲求ではなく、社会の共同の努力によって解決すべき「社会的欲求」である。
したがって国家は、国民の福祉の必要を制度的に満たす義務を負う。
福祉の「必要原則」とは、国民の実質的な必要を基準として福祉を提供することを意味する。
これを通じて、政府は福祉財政をいっそう効果的かつ効率的に執行できるようになる。
政府は、医療と雇用、住居とケア、基礎生活と老後所得など、財政が支出されるあらゆる福祉分野で「必要原則」を確立して遵守しなければならず、そのための制度改革も絶えず推し進めなければならない。
しかし私たちの現実には、この原則を捨てて「ポピュリズム」に陥った事例が少なくない。
このコラムでは紙幅の制約から、福祉の二つの分野についてのみ、その実態を見てみたい。
まず、医療分野の中核政策である国民健康保険を通じて、「必要原則」とポピュリズムの実態を検討する。
法に明記された健康保険制度の本質は、国民の生命および健康に密接に関わる疾病・負傷の治療に給付を行うことである。このように制度の目的と給付の範囲を法律で定めたのは健康保険財政の制約のためであり、これは健康保険の持続可能性に直結する、わが社会の重大な課題である。
今年2兆8000億ウォンに達する財政赤字が予想されるなか、今後訪れる人口危機は健康保険財政をさらに崖っぷちへと追い込む見通しである。
健康保険の「必要原則」とは、制度の趣旨にかなう法定の医療サービスを、すべての国民が差別なく享受できるようにすることである。
そのために政府は、財政支出を合理的に調整・統制すると同時に、健康保険の保障率(全診療費のうち健保が負担する比率)を先進国水準まで引き上げなければならない。
わが国の健康保険の保障率は64.9%で、主要先進国の85%水準に比べてはるかに低い。ただし、この原則を守るための保障率の拡大には、健康保険料の引き上げなど国民負担の増加が必然的に伴うことになる。
政治的利得を狙った健康保険の「ポピュリズム」は、二つの形で現れる。
第一は、制度の本質に反する給付拡大である。いわゆる「身体の完全性」という名分を掲げ、脱毛症治療など美容・整形の領域にまで健康保険の適用を公約するやり方がそれである。
第二は、保障率拡大の鍵である健康保険料の引き上げ推進を放棄したり先送りしたりすることである。
これは「必要原則」の遵守どころか、財政赤字の累積を招いて制度の持続可能性を破壊する行為である。
しかもこれは健康保険だけの問題ではなく、租税財政と国政のあらゆる分野で現れうる亡国的な病弊である。
次に、老後所得分野の中核的な柱である基礎年金を検討しよう。
現在、基礎年金は65歳以上の高齢者のうち所得下位70%にあたる約780万人に支給されている。この制度もまた国民健康保険と同様に、制度の本質に忠実であるよう政策を設計し、時代の変化に合わせて絶え間ない改革を推進すべきである。
基礎年金は2014年7月の導入当時、月最大20万ウォンで始まり、2018年に25万ウォン、2021年に30万ウォンへと引き上げられ、物価上昇分が加算されて2026年現在、月34万9700ウォンに達した。
基礎年金の「必要原則」とは、老後所得の支援が切実な高齢者に適正水準の現金を支給することである。当然、所得下位層に支援をより集中させなければならない。
しかし、巨大な予算制約と財政的持続可能性という壁にぶつかる。
今年の基礎年金支出額は23兆1378億ウォンであり、2030年には30兆ウォンを突破する見通しである。
結局、基礎年金の「必要原則」を守り抜くには決断が必要である。
支給対象を所得下位50%に縮小し、追加財源を確保して、これを所得水準に応じて差等支援する構造改革を推進しなければならない。
基礎年金の「ポピュリズム」もまた、二つの形で現れる。
第一は、制度の趣旨に真っ向から反する無差別主義である。かつて政界を漂っていた「すべての高齢者に基礎年金を支給しよう」という「高齢者基本所得」の主張が代表的な事例である。
第二は、「必要原則」に基づく基礎年金改革をはなから無視して放置する振る舞いである。受給対象を所得下位50%に絞って給付額を増やす喫緊の改革を、政治的支持の離反を恐れて先送りすることがそれである。
これは、改革の当為性を知りながらも票計算に目がくらみ、わが社会の未来を蝕む、典型的な「亡国的ポピュリズム」である。
脱毛症治療への健保適用や、無差別な高齢者基本所得の支給のように、
票を得るために「必要原則」を壊しながら財政をむやみにばらまくことは、容易に目につくポピュリズムである。
ところが、健康保険と基礎年金の保障性と持続可能性を高めようとする改革、すなわち「国民負担を伴う財政拡充」改革から目を背けるポピュリズムは、目につきにくい。
しかし、これもまた害悪は変わらない。
むしろ後者のほうがより悪質である。
当然なすべき構造改革を放置することで、わが社会の未来と持続可能性を丸ごと崩してしまうからである。
目につくポピュリズムだけでなく、目につきにくいかもしれない「職務放棄型ポピュリズム」まで厳しく監視するために、いまこそ有権者である私たち皆が気を引き締めるべき時である。
イ・サンイ 済州大学医科大学教授
