国民年金の皮肉な宿命
[ソウル新聞・開かれた世界・2012年7月2日]
ユン・ソンミョン 韓国保健社会研究院 研究委員
国家が運営する制度の中で、国民年金ほど宿命が過酷なものはないだろう。1974年に導入しようとした「国民福祉年金」は、突然襲った石油ショックで延期され、1988年になってようやく名称が国民年金に変わり導入された。苦労して導入された国民年金に対する視線が好ましいはずもなかった。私の老後をなぜ国家が干渉するのかという不満のためであった。友好的ではない環境で導入された国民年金は、払った額より多く受け取る構造で設計されており、財政不安定は不可避であった。追い打ちをかけるように、制度導入後に本格化した低出生率と平均寿命の延長、低成長傾向は、国民年金の財政不安定を深化させた。ついには制度導入から10年後の1998年末、年金所得代替率(給付率)を70%から60%に削減した。
1999年、すべての国民に国民年金を適用する過程での陣痛も少なくなかった。制度拡大の対象であった都市地域の自営業者に対する所得把握の困難さを挙げ、時期尚早論が力を得たためである。ついにはこの問題が金大中・金鍾泌(DJP)連立政権の葛藤要因として作用すると、事態収拾の次元で保健福祉部長官と公団理事長が辞任する陣痛を経験し、1999年4月に都市地域の自営業者への拡大が行われた。そんな中、1998年末の年金法改正では、5年ごとに国民年金の財政状態を点検する財政推計制度が導入された。改正された年金法に基づく財政推計の結果によれば、財政安定のために負担を増やし、受け取る年金額を削る制度改編が不可避であることが分かった。当時、財政安定化措置は急ぎではないという声も大きかったが、国民の間で絶えず話題になっていた「保険料を払っても基金が枯渇して年金も受け取れない」という噂を払拭するためには、不可避な改編方向であった。
国務会議を経て、財政推計の結果を反映した制度改編案が2003年10月に国会に提出された。翌年、インターネット上に出回った「国民年金8大秘密」という文書が、国民年金を快く思っていなかった国民の感情に火をつけた。作成者が誰かも分からず、内容も大部分が事実ではなかったにもかかわらず、「国民年金8大秘密」は火に油を注ぐ形となった。国民年金反対デモにとどまらず、制度自体を廃止しようという主張まで提起された。政府が急いで鎮火に乗り出したが、インターネット上では国民年金廃止の公約を掲げる大統領候補に投票するという声まであった。
紆余曲折の末、2007年7月、年金額を削る国民年金法が国会で通過した。当初政府が推進した保険料引き上げ措置が受け入れられなかった半端な改革であり、財政不安定の火種は依然として残った。状況はこのようだが、事情も分からぬまま不意に二度も年金改革を経験した国民の年金不信は根強いようだ。年金を受け取れるのか、年金額の実質価値が保障されるという言葉が事実かどうかについて、疑いの眼差しを向けているためである。
このような状況で、人生100歳時代の到来、すなわちホモ・ハンドレッド(Homo Hundred)という新人類が誕生していると至る所で騒ぎになっている。就労期間が延びない状況で、年金を受け取る期間だけが延びる平均寿命の増加は、国民年金にとって災厄でしかない。人生100歳時代に代表される高齢化爆弾に備えるには、また別の準備が不可避となった。生まれてから一度も良い評価を受けたことのない国民年金が、再び苦痛を伴う準備をしなければならない時点が近づいているのである。ちょうど2013年は、第3次国民年金財政推計の結果を公表する年でもある。
人生100歳時代においても国民年金が持続可能であるためには、生存のための絶え間ない進化が必要だ。一般国民が頼る老後所得保障の最後の砦が国民年金であるため、たとえ国民の耳に心地よくなくとも、国民年金は事実を述べなければならない。人口高齢化には特別な妙手はないと。負担水準を高める方向で苦痛を共有するほかないと。負担を後の世代に押し付け、財政危機を経験している南欧のような事態を避けるためにはである。この過程で予想されるあらゆる非難に対しても、その責任は結局国民年金が負うべきものだ。宿命が過酷で皮肉だと落胆する必要はないだろう。人類が初めて経験する人口高齢化という巨大な波を乗り越えるためには、宿命がそれだけ過酷で皮肉であるほかないはずだからだ。
出典:ソウル新聞(原文を見る)
