コール元首相・シュレーダー前首相が年金改革を評価するならば
[ソウル新聞・開かれた世界・2015年5月28日]
ユン・ソンミョン 韓国保健社会研究院 研究委員・高麗大学経済学科兼任教授
最近、ドイツ熱が激しい。かつて「欧州の病人」と呼ばれたドイツが、労働市場と社会保障制度を改革し、国家体質を変えることに成功したからだ。分断を経て統一を達成したドイツであるため、関心が大きい点もあるようだ。給付の多い社会保障制度の元祖であるビスマルク型年金制度を導入した国であるため、関心が集中する側面もあるだろう。ドイツ統一費用の半分が年金を含む社会保障に投じられたことは周知の事実である。統一のタイミングはドイツにとって幸運であった。芳しくなかった財政状況が統一の頃に急速に好転し、統一費用を充当する余力が生まれたからだ。変化した時代環境に合わなかった年金制度を修正しようとする努力も絶えなかった。健全な政府財政と、時代遅れとなった年金制度を改革することの重要性を知っていた人物がヘルムート・コール元首相であったようだ。統一基盤の造成と、統一後の混乱を最小限に抑える基盤構築が、それゆえに可能だったのだろう。
最近来韓したゲアハルト・シュレーダー前首相は、支持基盤である社民党から裏切り者と呼ばれながら、「アジェンダ2010」を掲げて労働市場と社会保障制度を改革した。我々が注目すべき点は、彼が賦課方式(勤労世代が引退世代を扶養する方式)で運営されていた伝統的なドイツ年金制度の基本枠組みを完全に変えたことである。低成長、高齢化、少子化がもたらす潜在的リスクが年金制度内で自動的に解決される自動安定装置を導入した。変化した環境においても政治的論争なく生き残れる年金制度を導入したのである。11年前のことだ。
40%半ばを下回るドイツの年金所得代替率は、2030年までに40%前半まで下がる。現在19.5%である保険料を、2030年までに22%を上限として固定することがドイツ政府の目標だ。40%前半の年金所得代替率を支給するために、どの程度の保険料を負担しなければならないかを示す生きた証拠である。シュレーダー前首相の年金改革は、「最低限これくらいの年金は受け取らなければならない」という伝統的な視点から、「費用調達の可能性を優先する」ことへと、年金政策のパラダイムが変わったことを意味している。
ドイツ研究に熱心な我々にとって、年金改革が国家アジェンダとして登場した。公務員年金が持続不可能だからだ。このような公務員年金を改革せよと言ったところ、唐突に「公的年金の中向平準化」が舞台上に登場した。国民年金が少なすぎるため、公務員年金が多く見えるという点を強調させるためのようだ。国民年金の所得代替率を再び50%に上げれば、負担がどれほど増えるのかについて、まともな検討もなかったというのにである。
ドイツの事例(45%を下回る所得代替率に保険料は19.5%)は、現在は46.5%だが2028年に40%まで下がる我々の国民年金の所得代替率を維持するために、保険料がどれほど上がらなければならないかを示す生々しい指標だ。「経済協力開発機構(OECD)韓国経済検討報告書」(2014年6月発行)も、保険料が16.7%に上がるべきだと言及した。増える負担は知らんぷりを貫き、受け取る分だけをさらに増やそうとする我々の国民年金議論、既得権は維持したまま負担を後の世代に転嫁する公務員年金改革の実態をコール元首相とシュレーダー前首相に知らせれば、どのような反応を示すだろうか。笑うべきか泣くべきか分からないブラックコメディを見ているような表情を浮かべるのではないか。「そんなことをしながら、なぜ年金改革という言葉を使うのか」と問い返してくるだろう。受給者と在職者が改革の痛みを分担し、国民年金と公務員年金を似た強度で改革した国だからである。
多くの分野でドイツ研究が盛んだが、肝心の学ぶべき部分はまともに学べていないようだ。OECD加盟国の平均所得代替率が40.6%であり、これを維持するための平均負担率が20%であるという事実を直視しなければならない。年金歴史が短く、実際に加入できる期間が少ないために起こることを、低い所得代替率の問題にすり替えているからだ。ドイツ年金改革の産婆役を務めたベルト・リュルップの「社会構成員を納得させられる年金改革の基準は、特定の世代に大きな損害が行かないようにすることである」という言葉を噛み締めるべき時であると思う。今我々が何をしているのか、その結果が判明するまでには時間がかからないだろう。過去と異なり、国家財政が急速に悪化しているからだ。その時になれば、今日の議論の主役たちはどのような言い訳を並べるのだろうか。だからこそ、「チャン・グレ世代」にさらに申し訳なく思う。
出典:ソウル新聞(原文を見る)
