(年金研究会 未来世代ネットワーク声明書)公的年金強化国民行動の討論会開催について(2026年11月6日)
(2026年11月6日午後2時以降にご報道いただきますようお願いいたします)
(年金研究会青年組織)
「未来世代ネットワーク」声明書
市民の名を語る前に、
市民に答えよ
公的年金強化国民行動の
「市民証言大会」に寄せて
公的年金強化国民行動が11月6日に「市民とともに考える望ましい基礎年金改編の道」を開き、再び市民の名において年金改革を語るという。しかし、市民の名を掲げる前に、まず答えるべき問いがある。
年金研究会は、第21代国会の年金改革公論化の過程で市民代表団に提供された学習資料と情報の均衡性について、一貫して問題を提起してきた。市民代表団の判断は、結局のところ、どのような資料を見て、どのような説明を聞いたかに左右されざるを得ない。それだけに、公論の出発点は情報の均衡性と参加者の多様性でなければならない。
ところが、今回の行事の構成を見ると、同じ懸念が繰り返されている。「市民証言大会」の証言者は、基礎年金受給者、シニア労組関係者、公共運輸労組退職者支部関係者、青年団体代表で構成された。続く討論も、参与連帯社会福祉委員会、社会福祉学界、労働研究団体、公務員労組関係者などが中心である。
この方々の声が市民の声ではないという意味ではない。問題は、これらの声だけを集めて、それを「市民の意思」と呼べるのかということである。基礎年金は、現在の受給者にいくら上乗せして支給するかだけを決める制度ではない。高齢人口が急増する今後数十年間、その費用を税金で負担しなければならない若者と将来世代の問題でもある。
そうであれば、少なくとも財政の持続可能性、世代間の公平性、基礎年金の70%選定基準の改編を主張する声も、同じ場で十分に取り上げられるべきである。受給者の要求を聞くことは重要である。しかし、その費用を負担することになる人々の声を抜きにした公論は、半端な公論にすぎない。
しかも、公的年金強化国民行動には、まだ答えていない問いも残っている。年金研究会は、
最近の公的年金強化国民行動の
「OECD国民年金所得代替率の解釈」と2023年1月30日の「これ以上国民年金を殺すな」という声明書に対し、
10月11日の「声明書」と11月1日の「論評」を通じて公開の回答を求めた。
年金研究会のホームページに、関連する声明書と論評が公開されている。
新たな「市民との対話」を始める前に、すでに提起された反論に資料と根拠で答えることこそ、真の社会的対話の順序である。
未来世代ネットワークは、今回の行事を細部まで注視していく。どのような資料が提供されるのか、基礎年金拡大の便益だけでなく財政負担も併せて説明するのか、現行の70%選定基準の問題と将来世代の負担まで同じ重みで扱うのかを見極める。そして、その結果を再び「市民の意思」という名で包装するのかどうかも注視していく。
市民は、特定の団体が必要なときに担ぎ出す大義名分ではない。現在の受給者も市民であり、労働者も市民であり、今後数十年にわたってその費用を負担する若者も市民である。自分たちと似た考えを持つ人々の声を集めて「市民の意思」と呼んだ瞬間、公論はすでに結論ありきの行事と化す。
公的年金強化国民行動に求める。
まず、年金研究会が提起した問いに答えることを望む。そして、本当に市民の名において基礎年金を議論しようとするのであれば、自分たちと異なる主張と将来世代の声も同じテーブルに載せることを望む。
市民の名は、政策を正当化するための飾りではない。真の公論は、聞きたい声ではなく、耳の痛い声まで共に聞くときに始まる。
2026年11月6日
年金研究会青年組織・未来世代ネットワーク
